MIYAZAKI STORIES

迫田 辰也

宮崎から全国へ!
命を運ぶ迫田産業の挑戦

Tatsuya Sakoda

迫田 辰也

株式会社 迫田産業 代表取締役

https://www.sakoda-sangyo.com/

1982年宮崎県生まれ。都城東高校卒業後、東京にてテレビドラマや映画の制作に携わる。2013年に帰郷し、4tトラック1台から運送業を開始。2019年に法人化し代表取締役に就任。「人の人生を運ぶ」という信念のもと、家畜運搬など専門性の高い物流を支える。現在は人材育成や自動化に注力し、地元の誇りを全国、そして世界へ届けるために邁進している。

異業種から飛び込んだ運送業界への原点

異業種から飛び込んだ運送業界への原点

Q:なぜ地元宮崎で運送業を始めようと思われたのでしょうか?

A20代の頃は東京で共同テレビジョンやシネバザールといった大手制作会社を通じて、テレビ局や映画の撮影現場で働いていました。華やかな世界ではありましたが心の中には常に「30歳になったら地元宮崎で起業したい」という思いがありました。東京にいる時から、実はロケバスの運転など「運転すること」自体が好きだったんです。

2013年に帰省した際、実父がトラック運転手だったこともあり自然と運送業の道が浮かびました。最初は4tトラックたった1台からのスタートです。当時は「いつかこの駐車場を自分のトラックでいっぱいにしたい」という夢を抱きながら必死にハンドルを握っていました。それが私の原点であり現在の株式会社迫田産業へとつながる第一歩でした 。

専門特化の強みと「命を運ぶ」という覚悟

Q:迫田産業の事業の特徴や、他社にはない強みについて教えてください。

A:私たちは一般貨物運送事業を展開していますが、特に家畜運搬など専用車両を用いた特殊な輸送に強みを持っています。家畜運搬は非常に繊細な仕事です。生き物を扱うため専門の知識を持ったスタッフが日々の業務を確実に行う必要があります。

例えば、創業初期の「捕鳥業務(鶏を捕まえて運搬する業務)」の研修初日のことは今でも忘れられません。非常に過酷な1日でしたが、その現場を経験したからこそ今の私たちの「現場第一」の姿勢があります。専用車両・専用機材・専門のスタッフで確実な輸送を行う。この「当たり前のことを完璧にこなす」技術力こそが、私たちの優位性だと自負しています 。

 

Q:事業を行う上で、最も大切にされている信念は何でしょうか?

A:「私たちは人の人生を運んでいる」という意識です。単に荷物をA地点からB地点へ運ぶだけではありません。その荷物の先にはそれを作った人の思いがあり、待っている人の生活があります。特に生き物を運ぶ際は、それは文字通り「命」を運ぶことです。

私たちの経営において「安全第一」は何よりも優先されます。事故を起こせば誰かの人生を狂わせてしまう。安全を徹底することはお客様への信頼に応えるだけでなく働く従業員とその家族の人生を守ることでもあるのです。この信念は全社員で共有するように努めています 。

 

Q:テレビ業界から運送業、全くの異業種への転身に不安はなかったのですか?

A: 不安よりも地元で自分の力を試したいという高揚感の方が強かったです。テレビ制作の現場で培った「現場を円滑に回すための気配り」や「大勢のスタッフと連携する力」は今の経営にも非常に役立っています。2019年に法人化するまでの数年間はがむしゃらに働きました。法人化してからは自分一人のためではなく従業員やその家族を守るという「大義名分」が私の経営の柱となりました 。

 

人手不足への挑戦と働きやすい環境づくり

Q:現在、運送業界全体で人手不足が深刻化していますが迫田産業ではどのような対策を講じられていますか?

A: 現在最も注力しているのは「人材の確保と育成」です。これまでは「背中を見て覚えろ」という時代もありましたが今の若い世代には通用しません。今は言葉や行動で実践的に伝え、とにかく「楽しく、明るく」仕事ができる雰囲気づくりを大切にしています。私が先頭に立ってメディアや表に出ることで会社の透明性を高め「この社長と一緒に働きたい」と思ってもらえるような「露出」も意識しています 。

また、人手不足への具体的な対策として作業の自動化や省力化にも積極的に着手しています。体力的負担を減らすことで、長く健康に勤められる環境を整えたいと考えています。

 

Q:従業員の方々に対する思いをお聞かせください。

A:従業員は宝です。最近では地元の方々から「会社が大きくなったね」と声をかけていただく機会も増えましたが、それは現場で頑張ってくれている社員一人ひとりのおかげです。彼らが安心して働けるように私自身も感情的にならず一歩引いて相手の気持ちを考えるマネジメントを心がけています。

私たちの平均年齢は40代ですがこれからは20代、30代の若い世代が「ここで長く働きたい」と思える会社にしていかなければなりません。働く人が健康で、安全で、将来に安心を持てる。

そんな組織作りこそがこれからの私の使命だと感じています 。

 

Q:今後の目標や、宮崎という拠点に対する思いについてお聞かせください。

A:宮崎県を拠点に事業を行っていて一番嬉しいのは地元で作られた素晴らしい産品が、私たちの手を通じて全国、あるいは海外へと届けられることです。これは本当に誇らしい仕事だと感じています。

経営的な目標としては現在の売上約2億円を、まずは5億円、そして10億円へと成長させていきたいと考えています。会社を継続させ、発展させていくことは地域の雇用を守ることにも直結します。
一歩一歩、足を止めることなくスピード感を持って挑戦を続けていくつもりです 。

挑み続けることが人生を豊かにする

「もう年だから」「自分には無理だ」と諦めないでください。20代も30代も、そして40代になっても挑戦するチャンスはいくらでもあります。私自身、30歳で帰郷しゼロから始めました。大切なのは今この瞬間が一番フレッシュだと信じて一歩を踏み出すことです。失敗を恐れず情熱を持って進み続けてください。

その挑戦が必ずあなたの人生を輝かせるはずです 。

挑み続けることが人生を豊かにする